FEATUREさくらいよしえ ~嫁と僕のおけいこライフvol.3~ 人生に必要なものは、勇気と想像力。それとトランポリンでジャンプ!<前編>

2018/08/03

このコラムは、平和を愛するサラリーマンの「僕」と、あまのじゃくで少々めんどくさい「嫁」がさまざまななおけいこごとにチャレンジしていく物語。今回は、トランポフィットネス編。ハッピーになれる「逆転の発想」に気づいたミドルエイジ夫婦の青春をご覧ください。


<登場人物プロフィール>
僕=静岡県出身の38歳。実家はお茶農家。広告編集プロダクションに勤務。今一番欲しいのは可愛い柴犬。
嫁=大阪府出身の44歳。ライター。町歩きコラムや児童小説を執筆中。結婚生活6年目。


近ごろ、嫁(44歳、物書き)が暗い。家の中がどよよ〜ンとしている。
僕が会社から帰って来ると、スマホを睨みながらぶつぶつつぶやいている。
「世間はなぜこんなにハッピーなのだ。私が奈落の底でもがいているというのに。エブリバディのろうぞな!」
お……恐ろしい。
どうやらリア充100%の友らのフェイスブックを閲覧中。海外のビーチでバカンスするファミリー、お誕生日にホテルのブッフェを楽しむご夫婦、文学賞受賞報告をする同級生、チワワとツーショットの女子力高めのご友人エトセトラ。ハッピーレポートのハリケーンだ。
皆様、どうかなるべく不幸自慢を投稿してクダサイ。
それが我が家の平和、すなわち僕の平穏なのであります!

僕は嫁の機嫌を取るべく久々に何かプレゼントでもしようと考えた。
しかし、敵はふつうの女子ではない。
宝石より焼き鳥が好き。ピーマンやハーブは育てるけれど、「花束ギフトはキザでいや」。物欲はあるがその趣味はちょっと独特。それに、過去僕が贈ったネックレスや指輪などをことごとく紛失した負の実績もある。

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僕はかねてから嫁が行きたがっていた公園のことを思い出した。
そこには巨大なトランポリンがあり子どもたちで賑わっている。嫁も幼少時代、体操クラブに入っていたらしく、一番好きだったのが、休み時間にトランポリンで跳ねることだったらしい。
しかし、目当ての公園はいかんせん遠い。それにいざ行ったとしてキッズの聖地にアラフォー女子がちん入する様子は、夫としても少々抵抗感があるわけで。

ふと閃いた。家の中で出来るミニトランポリンだ。

嫁に内緒でこっそりと購入。へそ曲がりなので、夜のうちにさりげなくリビングに置いておく。(ライオンの小屋の中にそっと遊び相手になりそうなゴムボールを置く状況をご想像ください)。

よく朝、リビングから低い息づかいが聞こえた。扉の隙間から覗き見ると、トランポリンに乗り、重力にあらがい懸命に跳ねる猛獣の背中が見えた。よしよし作戦通りだ。と思ったのも束の間、僕の視線に気がつくと、嫁は「見てんじゃないわよガルルルル」と吠えたあと、ぽつりと言った。
「重い……」
「え?」
「体がものすごく重い。すっかり飛び方を忘れてしまった。小さい頃は、どこまでも、いくらでも跳ねることができた。体育館の天井に頭をぶつけそうになるほどに高く……。でも今はもう、飛べない」
「体育館の天井にヘディングできたなんて、スーパーキッズだったんだね!」
嫁は自在に記憶を作り替えるという芸当を持っている。ここは合わせておく。
「だがしかし、今の私にこれは無用の長物だ。ご返品を」
「そんなっ。そのうちきっと体が思い出すよ、栄光の少女時代を」
「ふっ。栄光ね。そうね、私の人生のピークは遠い昔に終わっていたのかもしれない。気づかせてくれてありがとう、ハズバンド」
僕の心をこめた贈り物は完全に裏目に出たのだった。
嫁がなぜ「奈落の底」に落っこちているかは、知らない。嫁の落ち込みは、日々戦うサラリーマンの僕からしたら、まったくぬるいに決まっている。
触らぬ神に祟りなしが信条の僕は、嵐が過ぎ去るのを待つのがいつものスタンスだが、引きこもり型の嫁にとって、僕は唯一の話し相手なわけで、そう逃げおおせるものではないのだった。

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明くる日のことだった。
大事なクライアントと打ち合せ中にブブーブブーと連続でメールの着信音。一通目は最近入った新入社員の後輩から。
『電話が苦手でアポ入れ出来ません』。だー……。
二通目、営業部部長のやり手女子。
『今日中に見積もり5件分よろしくね。あとプレゼン資料も5件分、なるはやで〜★』。だー!
この世には、意気地なしか鬼軍曹しかいない。
スマホをしまおうとした瞬間、またしてもブルブルブル。
今度は嫁からのメール。無視しようとしたが、件名がいやでも目に入る。
『件名:ぎぶあっぷ』
やけっぱちな気分で開封する。
『親愛なるハズバンド。あなたの嫁はもうダメかもです。新企画はぜんぜん通らないし本はなかなか増刷されないししストレスで今朝からずっと顔がむくんでるし。いったい私に何が足りないの。こんなにも頑張ってる。悩むのにも疲れました。今一番なりたいのは、木こりです。森の中で自然を相手に生きれば……(後略!)> 
むくみはビールの飲み過ぎだ。
「メール、大丈夫ですか」
クライアントがいぶかしげに僕に言う。
「大丈夫すぎるくらい大丈夫です。軽い殺意を抱くほどに。失礼しました」
僕は一応、職場では中間管理職だ。
社に戻れば、後輩らにディレクション&仕事の整理&フォローにまわる。
僕用語で「お悩みのたな卸し」。そして家に帰れば、嫁のたな卸しが待っているわけで。僕の自由時間はいったいどこにあるんだよう!
『もろもろ了解。落ち着いたら気晴らしにどこか出掛けましょう』
と、猛獣がコワイので一応定型文の返信を、忘れない。

そしてぐったり疲れて終電で帰ると、森を目指すはずの嫁はぐっすり眠っていた。ラップをかけた夕食にメモの付せん。
<お帰りなさい。久々にデートのお誘いありがとう。トランポフィットネスに夫婦で申し込みました。トランポデートで仲良く汗を流しましょ>
いつの間にか飛んだデート計画である。
嫁の枕元を見ると、本棚にしまったままになっていたサッカー日本代表の長谷部誠の名著『心を整える』があった。立ち直りが早い、そして何にでも影響されやすいのが嫁の長所だ。が、どこまで心が整ったかは果たして。<後編へ続く>

◆さくらいよしえ(ライター)
1973年大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。
月刊『散歩の達人』や「さくらいよしえのきょうもせんべろ」(スポーツニッポン)、「ニッポン、1000円紀行」(宅ふぁいる便)など連載多数。著書に『にんげんラブラブ交叉点』『愛される酔っ払いになるための99 の方法 読みキャベ』(交通新聞社)、『東京千円で酔える店』『東京せんべろ食堂』『東京千円で酔えるBAR』(メディアファクトリー)の他、絵本「ゆでたまごでんしゃ」(交通新聞社)、児童小説「りばーさいど ペヤングばばあ」(小学館)など児童向け書籍も執筆。

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