FEATUREさくらいよしえ~嫁と僕のおけいこライフVol.7〜人生に必要なものは、勇気と想像力。そして「じぶんはじぶん」〜<前編>

2018/10/17

平和を愛する真面目サラリーマンの「僕」と、女子力低めな「嫁」がさまざまななおけいこにチャレンジする物語。今回は、フレンチ薬膳を学ぶの巻。魚や果物の薬効のその先に、嫁が獲得した人生哲学とは。

<登場人物>
僕=静岡県出身の38歳。実家はお茶農家。広告編集プロダクションに勤務。今一番欲しいのは可愛い柴犬。
嫁=大阪府出身の44歳。ライター。町歩きコラムや児童小説を執筆中。結婚生活6年目。

「フレンチ薬膳は、薬膳をフレンチ風にアレンジしたお料理です。体に地球のパワーを取り入れ自然に寄り添うこと。私は、毎日お料理のことを考えています。安くて簡単で、体に良くてなおかつ美味しい。私は人をきれいにすることが大好きなんですよ」
とミホ先生は微笑んだ。生まれてこのかた、きれい街道のセンターをひた走ってこられたであろう彼女を、遠い惑星の人のように見上げている嫁。
瞳から、「センセイ ワタシヲ キレイニ シテクダサイ」とモールス信号を発している。
先生の眉目麗しい姿に、僕のテンションもぐんぐん上がる。
隣のおじさんは、派手なバンダナをいまいちど頭にしめなおし、若返りをはかる。
開始5分。すでに“薬膳”効果は、調理室の中で出始めているのだった。

<女性の悩みを解決!フレンチ薬膳>

数日前、嫁は苦悶していた。
「こないだのホームパーティで披露した私の隠し芸は、じつは滑っていたかもしれない……」件だ。
「かもしれない」というのがポイント。本人はおおいにウケたつもりだったらしい。
嫁は歌謡曲の歌詞にあわせて踊る“アテ振りダンス”なるものが特技だ。ちなみに嫁にダンスの心得は1ミリもないので完全オリジナル。「二度とは再現できない場当たり感」がウリで、「学生時代から培った秘技」で、さらに「社会人になった今も喜ばれる唯一の芸」、らしい。
僕も一度目撃したことがあるが、シロウトならでは振り切れ感につい拍手を送ってしまった。
「こんなLINEがオリヒメから来た……のじゃ」
オリヒメとは、女子力ハイレベルの嫁の友、オリダヒメコ様。
社長令嬢で語学堪能なトリリンガル。趣味は日舞にバレエに華道に囲碁(頭脳派でもある)。バツイチながら悠々自適なお嬢様ライフを送る女子。
 嫁との出会いは大学のゼミで、当時読者モデルでご多忙なオリヒメの「代返」係として嫁は任命されて以来の腐れ縁らしい。
 完全に殿様と家来の関係なのだが、嫁の長所として友情を疑わない、というのがある。彼女からのLINEを見ると、『こないだは熱演お疲れさま。本当に体を張って立派よね。尊敬しちゃう。私にはとても出来ない芸当だわ(クスクス)。でもヒメの誕生会ではまたべつのノーブルな出し物を期待していますわ★』
一見、賞賛しているが、嫁=道化師=自分の会ではご免こうむる、と釘を刺されている。鈍感な嫁も、それを察知しているのだろう。
嫁がうぉおおお〜と咆哮しながらソファに顔をうずめる。渾身のギャグに、ノーをつきつけられた心の痛みは想像にかたくない。もう明日から顔を上げて町を歩けない気分でいっぱいだろう。
「まあまあ。他の人は喜んでくれたんじゃないの」
「……うおおおおお〜」
嫁は賛否を巻き起こす珍芸に挑む一方、人からどう思われるかを極度に気にするウルトラ「気にしぃ」なのだ。本格的にこじらせモードに突入する前に、速やかに話題を変えるのは結婚6年目になる同居人の危機回避マニュアルだ。

僕は、さりげなく今度参加しようと思っているとある講座のパンフレットをテーブルに置いた。
「このフレンチ、美味しそうだよねー。家で作れたら最高だよなあ」とつぶやく。
クッションに顔を埋めながらチラ見した嫁だったが、先生の名前を見るやいなや、鼻の穴を膨らませながら前のめりになった。
「カ……カリスマではないか。このお方は今や美と健康を求める意識高い系女子の心を掴んで離さない、あのメビウスではないか」 どうやら意識超高い代表オリヒメより聞き及び、その存在を知っていたらしい。
嫁のリアクションは大げさなようだが、じつはあながち間違ってもいない。
麻布十番で料理教室を開いておられる先生で、はるばる遠方から新幹線で通ってくる生徒さんもいると聞く。
「しかし、私には仏蘭西は遠過ぎる。それに、薬膳などという高尚な宗派の門を叩くなんて体がショックでどうにかなってしまいそうだ」
嫁は、「オーガニック」とか「滋養」とか「ウエルネス」とか、そういう健康ワードには反射的にひきつけをおこす。なんせ生まれてこのかた、摂生とは無縁だ。体の半分はビールと柿ピーで出来ている。
「だと思った。全然大丈夫、僕一人で行くから」

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<女性の悩みを解決!フレンチ薬膳>

「……え」
「えって何」
「だって」
「だって?」
「先生は、『元パリコレモデル』らしいじゃないかっ!」
「だから何」
「ちょっとだけ……見たいぞな。己の向学のために!」
パリコレのどのあたりを向学するというのだ。女子力溢れる世界にひそかに憧れを抱いているか、あるいは激しいジェラシーを感じ戦いを挑むつもりかなのか。
よかろう、いつものように見えない敵と戦い、カルチャーショックに打たれて、パリコレを目指してくれ。
パンフレットを見ながらつぶやく嫁。
「私もモデル体型になれるかな。こんな料理を作れたらスキニーパンツ、履けるかな」
三回生まれ変わってもムリ。
「もちろんさ」
僕はかぶせ気味に言った。というわけで、僕と嫁は新宿の料理学校で開催される講座にやってきたのだった。
<後編へ続く>





◆さくらいよしえ(ライター)
1973年大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。
月刊『散歩の達人』や「さくらいよしえのきょうもせんべろ」(スポーツニッポン)、「ニッポン、1000円紀行」(宅ふぁいる便)など連載多数。著書に『にんげんラブラブ交叉点』『愛される酔っ払いになるための99 の方法 読みキャベ』(交通新聞社)、『東京千円で酔える店』『東京せんべろ食堂』『東京千円で酔えるBAR』(メディアファクトリー)の他、絵本「ゆでたまごでんしゃ」(交通新聞社)、児童小説「りばーさいど ペヤングばばあ」(小学館)など児童向け書籍も執筆。

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