FEATURE蕎麦打ち名人 永山寛康 ~蕎麦あれこれ~『かけ蕎麦』

2018/03/26

かけ蕎麦は怖い!
汁の中に蕎麦が浮かんでプゥカプカ!あぁー怖い怖い!怖いわ! 見えます、見えるでしょうって、そうなんです、かけ蕎麦は実に見えちゃって怖いんです。

実際、皆さんは蕎麦屋さんで「かけ蕎麦」を注文しますでしょうか?
まぁ、少ないと思います。何も具の無い蕎麦よりも、それこそ種物の天ぷら蕎麦や、たぬき蕎麦、冬ならば鴨南蛮、カレー蕎麦ってところでしょう。 現在のうどんチェーンのように、先ずはかけうどんを頼んでから、さらにどんどんトッピングしていくスタイルなら良いけれど、蕎麦屋さんではかけ蕎麦は頼む方にしてみると、なんか淋しくて懐具合がおもんばかられてしまうような感じで、頼みにくい物のような感じがしないでもない。これは、昔から現在もあまり変わっていないと思います。

しかしその種物の「土台」になるのが「かけ蕎麦」です。 かけ蕎麦に何をのせるか、汁に何を加えるかそれが種物の基本です。 そこで、まずはかけ蕎麦の話なんです。

「かけ蕎麦が怖い」何で怖いかというとこんな理由があるんです。 もう、三十年も前の話です。

私の師匠が、「あなた、かけ蕎麦を頼むお客さんは、怖いですよ」と言いました。「侮っちゃ、いけません」とも。 その訳を尋ねますと「かけ蕎麦は蕎麦が汁の中に浮いていてそばの出来具合が一目瞭然、不揃いな出来の蕎麦は見場が悪いし、練りが悪ければコシが無く、温かい汁の中で蕎麦が切れてしまいます」

そうかごもっともで、これがもり蕎麦やせいろ盛りの冷たい蕎麦ならば、多少の出来不出来に関わらず、せいろやザルの器に盛れりつければ弁慶の衣装を着た役者が、それらしく弁慶に見えるように、いや、逆に弁慶にしか見えないように形になりますが、かけ蕎麦の汁に浮かんだ蕎麦は乱れや不揃いが、確かにはっきりとわかる。 初めて打った蕎麦でも、きちんとしたせいろやざるに盛ると、それなりの蕎麦に見えますものね。けれども、もしその蕎麦をかけで作ったら確かに、はっきりとわかる事は確かです。

師匠が続けます「そして、かけ蕎麦のかけ汁は飲む汁ですから出汁の良し悪しが、すぐに分かるもんです」そうか、なるほどかけ汁は飲む汁だから、蕎麦を汁につける冷たいもり汁なら、多少なり辛いから蕎麦湯で延ばさないと出汁の旨さは、直に感じないけれど、蕎麦そのものの味よりも、汁の味を直接に感じるかけ汁の汁の旨さは、出汁の出来具合で決まります。また、かけ汁は日々ぶれ易く出汁取りの難しいところが味にも直接的に反映してきます。
「ですから、かけ蕎麦を頼むお客さんは怖いんです」と師匠。

冬の北海道、大晦日の蕎麦店に来た母親と幼い男の子二人。
「かけ蕎麦一杯なんですが」 親子三人で手繰る涙の「一杯のかけそば」の童話が、話題になっていた頃の事です。親子三人でかけ蕎麦一杯の味を、もしかしたら吟味していたのかもしれません。これも怖い話。

「かけ蕎麦は、怖いと言いましたね、怖いけれども今日はあなたのかけ蕎麦食べてみましょうか」と師匠。
「どうですか、私の作ったかけ蕎麦、出汁をおごってます」
「やはり、かけ蕎麦は怖いですね。あなたの心の乱れが出てますよ」
「えぇー、かけ蕎麦に出てますか、修業が足りず申し訳ありません」
「だから、かけ蕎麦は怖いんです」と師匠。
「ところで他にかけ蕎麦だけでなく、怖いものっていうのがありますか」と私。
「あります、このかけ蕎麦を食べ終えるうちに、もっと怖いものがありますよ」
「ぜひ、ぜひとも教えてください」
「そりゃ、天ぷらが怖い」
それ、饅頭怖いの落語ですよ。

明日は、定期で伺っているお店に行く予定です。
そんな折に、ちょうど先ほど連絡がありました。 「かけ汁が濃くて辛くなっていると、毎日来て頂いている常連のお客さんに言われた」との事。 かけ蕎麦の出来具合がぶれて、悩んでしまうそうです。

そうか、やっぱりいつでも「かけ蕎麦は本当に怖いんだ」 そう思ってます。

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