FEATURE「嫁と僕のおけいこライフ」*後編 〜人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そしてライバル〜
「ゆる糖質オフライフ」の講座に参加した僕と嫁。ドラマチックな半生を持つ先生の衝撃の話を通し、糖質を減らす食生活にいっそう興味がふくらむ。積極的に糖質を減らした料理に挑戦する嫁だが、その目的は「僕」の想定外のところにあった……。
<登場人物>
僕=マサル。静岡県出身の39歳。実家はお茶農家。広告編集プロダクションに勤務。自称ハーブ男子。最近、前から欲しかった鰹節削り器をようやく購入。削り立てのカツオの香りに癒されている。
嫁=よしえ。大阪府出身の45歳。物書き。昼間は、児童小説や絵本を描き、夜は町歩きエッセイを執筆。得意料理はトンカツとハンバーグ。好物は卵かけ納豆。
エステティシャンから医療美容の世界へ飛び込むも、多忙な毎日の中で大病をわずらったという蔦先生。さらに衝撃の事実を語った。
「腫瘍は転移もしました。そこから私は健康について考えるようになるんですね」
軽やかに語っておられるが、何がなんだかわからない。
「そうなんです。私自身、今なぜここに立っていられるのか分からないのだけど、その後、実際に消えたんです、ガンが。医師も驚いていました」。この流れで行くと、ガンが消えた魔法の水即売会、なんてのが始まりそうな流れだが、先生は、皆のどよめきがおさまると、しみじみと言った。
「美容も健康、結局は食なんです」
じつに平凡でありきたりのフレーズ。だが、大病を経験した人が語る重みがあった。食生活の改善とガンが消えたことの因果関係はわからないし、科学的根拠はない。ただ、先生が健康を維持するため食に注目し、健康美には「ゆる糖質オフ」というひとつの答えにたどり着いたことは確かである。
グッドエイジング糖質オフアドバイザー講座とは?
嫁と僕はすっかり先生の話の虜となり、血糖値が上がる仕組みや、糖質を制限すると体に蓄えられた脂肪がエネルギーとして消費されることなどをノートにメモした。
途中、「アバイブーベ」というタイの伝統的医療にもとづいて作られたカラフルなオーガニックハーブティーも登場。青はむくみを解消する「バタフライピー」、赤は疲労回復と代謝を促す「ローゼル」、黄色は記憶力や血液強化に良い「ゴツゴラ」。
どれも色はビビッドだが味は淡く、優しい口当たりである。食生活は制限するばかりだと苦しいが、こんなお洒落でポップなお茶を加えることで食卓は楽しくなる。
「わたしはバタフライピーが好み」と嫁が言うと、「クエン酸が入っていますから、焼酎で割ってもおいしいですよ」と先生。糖質オフ生活でも、ワインや焼酎はアリらしい。何しろ今日の教えは、「アンチエイジング」ではなく「グッドエイジング」。
その人、その年齢なりの美と健康が答えというものだ。顔をはがす必要も、激しい運動も必要ない。
今日の講座はきっと嫁の「きれいのひみつ」を作るきっかけになるだろう。僕は希望の光を見た。ぜひ、明日から自分の食生活を見直し、来月のパーティに備えていただきたい。
グッドエイジング糖質オフアドバイザー講座とは?
我が家の食卓が変化し始めたのはすぐだった。夕食では、まず大きなサラダボウル一杯の野菜が登場する。それを完食してからメインの焼魚や肉料理。白米はない。なぜか僕の茶碗もおあずけだ。また、大好物であるマルちゃん焼きそばや鶏の唐揚げも姿を消した。夕食後の定番おつ、ベビースターはスルメに変わった。さらに嫁は毎晩、必ず僕に聞く。「今日のお昼、何食べた?」。だいたい立ち食いそば(イカ天のせ)か、ラーメンだ。それを伝えると、ハアっとため息をつく。
「なってないね」
「へっ……?」
「あなた、わかってる? 来月はわたしの友達も来る大事なパーティがあるのよ。礼服、今のままじゃ着れないわよ。あなたのために、わたしがこんなに頑張って夕飯を工夫してるのに、イカ天にラーメンですって? 現実を見なさいよ、そのぽっこり出た下腹を。そんなじゃわたしのお友達が、びっくりしちゃう」
びっくりしたのは、こっちのほうである。
「あなた、体重計、最後に乗ったのいつ」
同じ質問を君にするよ!
「わたしはわかるもの。鏡で毎日チェックしてるもん。それにあなただって言うじゃない。『君の体型は変わらない』って。一方のあなたは激太りよ? がっくりよ、初めましてのお友達にこんな中年太りの夫を見せるわけにはいかないわ」
敵は完全に自分を棚に上げ、きわめて標準体型である(はず……)の僕に矛先を向けている。しかし僕のガラスのハートに、どストレート突き刺さる「中年太り」という言葉。さらに嫁はいいつのる。
「あなた、会社の女子にダイエット方法をリサーチしてるらしいじゃない。みんな丁寧な助言をくれたでしょ、それはあなたのぽちゃ化を心配してくれているからよ。せっかく教わったのに、そこで満足して終わりなの?」
女子の情報ネットワークを甘く見ていた。完全に僕は、中年太りに悩む聞き込み探偵になっている。
「き、きみだって、にじゅうあごになったふぃー、よこばらもふくらんだふぃー」
「あなたのこのほっぺのお肉は何かしら」
嫁が僕のほっぺをむにっとつかむので、言葉が言葉にならない。これはもう決着をつけるしかない。僕と嫁はほこりをかぶった体重計に、それぞれ乗ることになった。やがて残酷な現実がつまびらかになり、
嫁は嫁で、僕は僕で、遠くを見た。
闘志を燃やす僕と嫁。今日から僕らはライバルだ。
「1ヶ月が勝負よ」と嫁。
「こっちは2週間でかたをつけるさ」と僕。
こうして糖質“少しだけ”オフ食生活が始まったが、続けるうち寝起きの体が軽くなった。嫁は偏頭痛が減ったという。唯一の楽しみとして週末の外食だけはアリとした。なんたって先生の教えは「ゆる糖質ライフ」なのだから。
「タンタン麺、麺は半分でお願いしまーす」
「わたしは鮭定食のご飯少なめで」
そしてやってきた友人の結婚パーティ当日。僕の礼服のウエストに少し余裕が出来ているではないか! 感動した。20代に戻った気分で眉毛も少しカット。「あなた、やったわね」そういう嫁はタイトなロングドレスに挑戦だ。お腹を引っ込めて、あと少しだ! よーしぎりぎり入った!「スバラシイよ」「あなたも」互いのミッション成功をたたえハイタッチするなんともおめでたい夫婦の図。案外、真理かも。美と健康、そしてダイエットの最良の“ライバル”は家族にあるってこと。
<前編へ戻る>
◆さくらいよしえ(ライター)
1973年大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。
月刊『散歩の達人』や「さくらいよしえのきょうもせんべろ」(スポーツニッポン)、「ニッポン、1000円紀行」(宅ふぁいる便)など連載多数。著書に『にんげんラブラブ交叉点』『愛される酔っ払いになるための99 の方法 読みキャベ』(交通新聞社)、『東京千円で酔える店』『東京せんべろ食堂』『東京千円で酔えるBAR』(メディアファクトリー)の他、絵本「ゆでたまごでんしゃ」(交通新聞社)、児童小説「りばーさいど ペヤングばばあ」(小学館)など児童向け書籍も執筆。