FEATURE蕎麦打ち名人 永山寛康 ~蕎麦あれこれ~『蕎麦屋の種物の今昔 天ぷら蕎麦の巻』

2018/05/24

種物の蕎麦といえば、今も昔も『天ぷら蕎麦』

蕎麦店の種物は、江戸時代から続く庶民の食文化です。
種物の文化は、また食材の文化でもあります。現代に比べて限られた材料しかない時代でしたが、嗜好食の面が強かった江戸の蕎麦は、粋さの中で育まれていました。
この時代、どんな食材を使って種物の蕎麦は作られていたのでしょうか?そして、いま現在の私たちが食べている種物と比較しながら、作り方も簡単に説明しながら、今回から数回、江戸の種物のいくつかを少しばかり探ってみる事にいたしましょう。

天ぷら蕎麦の巻

種物の蕎麦といえば、今も昔も『天ぷら蕎麦』が代表です。
江戸の頃、江戸前の海で採れた小振りの「芝海老」を数匹摘んで、筏(いかだ)の様に並べて揚げるのが当時の天ぷら蕎麦。職人の腕自慢の見せ所は、海老を何匹摘んで揚げられるかだったそうです。また、芝海老を円形のかき揚げにする店も多くありました。この頃までとはいわず戦前までは、芝海老が天種の主流でした。
揚げ衣には卵は入れず、揚げ油には「胡麻油」を使用して揚げていたようです。この衣と油ですと色合いは濃いめのキツネ色であったことが推測されます。
現在は、『摘み揚げの天ぷら蕎麦』には、なかなかお目にかかれませんが、『かき揚げ天蕎麦』は高級店から立ち食い店まで様々なスタイルでお馴染みですね。

さて、皆さんが天ぷら蕎麦と聞いた時に、まず思い浮かべる天ぷらは、海老が真っ直ぐに揚がっている『海老の棒揚げ』だと思います。特に蕎麦店の海老天は衣に「花」を咲かせるのが特徴。これ、どんな揚げ方をしているかというと、海老に揚げ衣(衣の液)を付けてから、天鍋に海老が曲がらないように真っ直ぐに入れます。熱い油に入れられた天種からは、熱交換された水分が気泡となって立ち上ってきます。そこにすかさず箸の先から揚げ衣をすくうように垂らし落とすと、気泡の上昇力でちょうど天種に花が咲いたようになります。これが、天ぷらを見栄え良くきれいに美味しく揚げるポイントになるのです。この花が天ぷらをカリッとした食感にしてくれまし、ボリュームも出してくれます。
揚げ衣が濃すぎると気泡が立ちにくくなり重たい感じになりボテッとした食感になってしまいます。ただし、蕎麦店の天ぷらはこのボテッとした衣の具合もほど越さない限り、汁を吸ってちょうど美味いともいいますので、やはりそれぞれの好みですね。
天ぷら店では、種の素材の持ち味を活かす為に、薄衣にして揚げて素材の持っている味を楽しませます。蕎麦店の天ぷらは、汁と蕎麦と天ぷらが三位一体となって一緒に食する関係で、若干、厚衣気味に揚げる傾向があるのです。

天ぷら蕎麦は、天ぷらの衣が汁に溶けて渾然となった美味さが何よりの身上です。しかし、味覚や見栄えも時代と共に変化してきます。天ぷらを汁に入れず別の皿で出し、汁を張っただけの蕎麦と共に提供する店も多くなりました。天ぷらはどうぞお好みで汁に入れてお召し上がり下さいといったところでしょう。
この提供方法を『傍盛り(おかもり)』といいます。

子供の頃の記憶に、朝に町を歩いていた折、何やら香ばしい良い香りが漂っていました。子供なりの臭覚で香りの元を辿って行くと近所の馴染みの蕎麦屋さんの裏口。興味津々でそっと覗くと、籠のような網にそれは立っているというより、突き刺さっておっ立っている海老天が数十尾。子供心に異界で何故かしら壮絶な感じがした事を覚えています。そのあたりの事情を業界の古老に聞き及べば、昔は早い時間に天ぷらを揚げておき、余分な油を切っておいて衣が汁に溶けないようにしていたんさぁ、との事。。蕎麦屋の天ぷらは揚げ置きが一般的だったそうです。考えようですけれども、油が少なくてこれはヘルシー志向の先駆けだったのでは無いかと。はたまた古老いわく、そうして昼の嵐のような注文に備えて置くのが普通だったんさぁとの事。こちらが本音かな、多分。

話はいつものようにそれます。
若い頃、天ぷらの練習を兼ねて賄いを作っておりました。後輩が一度でいいからでっかい天ぷらが食べてみたいと熱望するので、10cmほどの海老を揚げては一旦、油から取り出して少し冷まして、再び衣をつけて揚げる事を数回繰り返し、出来上がりましたるは長さ30cmで幅15cm程のそれはそれは大きな海老天。
「すっご〜い、草鞋(わらじ)に海老の尻尾が生えてます」
この後輩が喜んでいいました。
草鞋天そば!そんなもんはありません。

しがねぇ蕎麦の情けが仇‥‥種物今昔物語は、まだまだ続きます。

蕎麦料理マイスター講座のご紹介

穀物としてのソバの栄養は主に澱粉質です。
このソバ一粒全部を粉にした場合に含まれるたんぱく質はおよそ13%と言われます。このたんぱく質のほぼ半分が水溶性たんぱく質で、読んで字の如しで水に溶けやすい性質があります。当然の如くに蕎麦の茹釜のお湯の中には多くのたんぱく質が溶け出します。旨味が溶け出しているということです
ちなみにこの水に溶けやすい性質のたんぱく質を上手に利用して打つ蕎麦が十割蕎麦です。

そして、もう一つ蕎麦の茹で湯に溶け出す栄養成分があります。

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