FEATUREさくらいよしえ~嫁と僕のおけいこライフVol.6~人生に必要なものは、勇気と想像力。あとは週末里山生活!?<後編>

2018/09/26

里山体験にやってきた「僕」と「嫁」。初日は、山梨県塩山の山並みを眺めながらの手打ちうどん教室。夜は、とってくれる露天風呂につかりリフレッシュ。2日目、朝の座禅と竹細工。そして僕と嫁を興奮させた、死ぬ草伝説とは……。

<登場人物プロフィール>
僕=静岡県出身の38歳。実家はお茶農家。広告編集プロダクションに勤務。今一番欲しいのは可愛い柴犬。
嫁=大阪府出身の44歳。ライター。町歩きコラムや児童小説を執筆中。結婚生活6年目。

翌朝は6時半。
「おお、ハズバンド! 山の朝は気持ちがいいなあ!」
ふだん昼まで寝ている嫁のテンションが高い。いち早く朝風呂につかってきたようだ。嫁は大の温泉好きだ。人一倍体に溜め込んだ毒ガスを出し切った顔。これもまた里山マジックだろう。嫁が健康的なのは喜ばしいが、正直言って僕はひたすら眠い。あと元気な嫁はコワイ。

朝の座禅に向かったのは武田家ゆかりの「霊峰寺」。
なんと開山1260年の古刹だ。背の高い木々に囲まれた神秘的な石段を登る(196段。死にそう)と、境内に樹齢700年の桜がようこそ、と待ち構えていた。霊験あらたかなムードに、なんとなく背筋が伸びる。

磨き抜かれた本堂の板の間に正座する。
「座禅は宇宙と一体になることです。生きるも死ぬも老いも病気も、座禅をしている間は関係ありません。もう何もそこにはない」
無の境地を説かれるご住職の前で、むりやり正式な形で座禅を組もうとして、ひっくり返りそうになる嫁。おいっ。
「座禅を組んだら、いやなことをすーっと吐き出すように呼吸をします」
「禅問答のようですが、頭の中で前世の自分を連れてくる。そのまた前世の自分、そのまた前の自分を連れて来ることを想像し……」
「忍という字は、心に刃と書きます。忍にまさる徳はなし」
ご住職の言葉が、深い。深過ぎてわからないので僕も嫁も、ひたすら目をつむる。
嫁はみずから積極的に望み、ご住職からありがたいけいさく(警策)を肩に受けていた。そうだそうだ、なまくらな心根をイチから正してもらいたまえ。

<次回 里人に学ぶ、大人の多拠点ライフin塩山はこちら>

ご住職の話で心に残ったことがあった。
「心をからっぽにする。からっぽになった入れ物があれば、そこに何かを新たに受け入れることができるのです」

僕は今、まさに心をからっぽにして古い竹を削っている。
最後の里山体験は、古民家に使われていた竹材を使った雑貨工作だ。
僕は靴べらを作ることにした。小刀を握るなんて久しぶり。わーいわーい。子どもの頃は、同じく工作好きのじいちゃんの膝の上に乗って手作りノートや小物入れを作った。
靴べらが仕上がるまで、明日の仕事のことも嫁のことも完全に忘れ去っていた。これぞ無心の境地。作品が出来上がった。オリーブオイルでなめすと古竹が深い艶を醸し生きてるみたいに光る。お〜! 自分にグッジョブ!

嫁は「何を作ってるの」という質問に、にやにやしながらひたすら小刀で竹を削りつつけている。本人も何を作っているのかわからなくなっているのだろう。ゴールを決めずに走り出した様子だが、それでも心が僕と同じくからっぽになっているのは、よくわかった。
嫁はまるで剃刀のように尖ったナイフを仕上げた。
「工作って、人柄が出るんですよ」と里人が言う。
不敵な笑みを浮かべる嫁。ブルブルブル……。
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思えば、僕らの心はいつもいっぱいいっぱいだ。今日のタスクをこなすことで。失敗すれば遅れをとるから、自分にも他人にも失敗を許さない。せっかく面白そうなことが目の前にあっても急ぎ足で素通りしてしまうんだ……。ふとそんなことに気がついた。

楽しい里山体験も終わりに近づいた頃、嫁が山中に生えている大きな葉っぱの前にしゃがみこんだ。
「この草、肉厚で美味しそう。もしかして食べられるのかな」
「それはハシリドコロって言うんですよ」と元ミュージシャンで旅人、今は近くでゲストハウスをやっているワイルドな兄さんHIDETO さんが言う。
「僕は、食べたことがあります。ここに住み始めて間もない頃、ちょうど野菜が切れていたからゆがいてみたんです。味はいたって普通。でもなんだかぼ〜っと体と頭が変な感じになって、やたらと喉が乾くんです。寝てもさめてもとにかく喉が渇く」
地元の人にその草を食べた話をしたところ、
「バカやろう! それは昔から言い伝えられている、死ぬ草だ!」
死ぬ草……って。
しかし、彼はその日も翌日も翌々日も、死ななかった。
伝説の死ぬ草を食べた命知らずの男を見ようと、里の人々が見物に押し掛けた。
「生きてるぞ……」
「しゃべったぞ?」
みゃくみゃくと引き継がれた里山の死ぬ草伝承は、半分立証され、半分ひっくり返ったのだった。

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また、HIDETOさんはこんな話もしてくれた。
「雷が岩に落ちて割れることがあるんです。その割れ目にだけ生えるキノコがあって、それはそれはきれいなサンゴ礁みたい形なんです。さっそく図鑑で調べたところ、毒キノコと書いてありました」
「もちろんご賞味されて……?」と嫁。
「ええ」
「食べたんですか!」と僕。
まったく懲りない無鉄砲。嫁とウマが合っている。
「食べたらね、びっくりしましたよ。すんごい美味しいきのこだった」

僕は高揚した。なんてドラマチックな世界なんだ。
一つの答えが見えた気がした。里山は都会から離れ、癒されるためとかで来るんじゃない。人間本来の生命力を目覚めさせるために来るところ。
それは小さくて大きな冒険だ。
なにも完全移住じゃなくていい。
例えば週末だけ、心をからっぽにして里山で過ごす。
嫁は、川で洗濯をしながら野草やキノコを毒見してみる。
僕は、山で柴刈りをしながら誰かの家を建てるのを手伝ってみる。
野菜を育ててみる。月影で森を散歩してみる。
目の前のことしか見えなくなっている今の僕らに必要なのは、心にからっぽにして、とりあえず「やってみる」冒険の練習だ。
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◆さくらいよしえ(ライター)
1973年大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。
月刊『散歩の達人』や「さくらいよしえのきょうもせんべろ」(スポーツニッポン)、「ニッポン、1000円紀行」(宅ふぁいる便)など連載多数。著書に『にんげんラブラブ交叉点』『愛される酔っ払いになるための99 の方法 読みキャベ』(交通新聞社)、『東京千円で酔える店』『東京せんべろ食堂』『東京千円で酔えるBAR』(メディアファクトリー)の他、絵本「ゆでたまごでんしゃ」(交通新聞社)、児童小説「りばーさいど ペヤングばばあ」(小学館)など児童向け書籍も執筆。

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10月のテーマは「生活拠点を移してサードプレイスのある生活/週末里カフェオーナーライフ」です。ぜひご参加ください!

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