FEATURE嫁と僕のおけいこライフ」*前編 〜人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして2番目の夢〜

2018/11/22

<登場人物>
僕=静岡県出身の39歳。実家はお茶農家。広告編集プロダクションに勤務。
好きな言葉は平穏無事。今一番欲しいのは可愛い柴犬。
嫁=大阪府出身の45歳。物書き。町歩きエッセイや児童小説を執筆中。
結婚生活6年目。気さくな人間を装っているが、根っこは融通がきかない頑固者。

平和を愛する真面目サラリーマンの「僕」と、悠々自適なわがままライフを送る「嫁」がさまざまななおけいこにチャレンジする物語。
ついに、長年宝の持ち腐れになっていた嫁のウクレレの出番がやってきた。
嫁がアロハ〜の世界で学んだのは、脱・完壁主義。

ポロンポロロ〜ン。夜、リビングからこぼれてくる弦の音色。なにやらぶつぶつ呪文のような声も聞こえる。そっと覗くと、嫁がウクレレを抱えていた。メロディとは呼べない不協和音。呪いのイニシエーション? 僕を呪っているの? 

先日、たわいもないことで嫁とケンカをした。しかし、たわいもないことにこそ、真理がひそむ。バトルは、共通の友の結婚パーティの幹事係に僕らがなったことに端を発する。ざっくり出し物を決めたら、あとは臨機応変に楽しもうぜ、というのが僕のスタイル。一方、分刻みでスケジュールを組み、新郎新婦を盛り上げる演出をしようと無我夢中になるのが嫁のスタイル。

嫁はじぶんと同等のやる気を参加者全員に求める。思うように決まらないとキィ〜っとなる。ウエディング連絡網を回す頃には、僕らはすっかり修羅場だった。
「だからっ。君のトゥーマッチな意気込みが、みんなの気分を萎えさせるの、分かんない? 気の置けない仲間との飲み会だよ、これは仕事じゃないんだってば!」
10年に1度も怒らない僕、珍しくキレてみた。もちろん嫁も応戦する。

「はあっ? タモリの名言を知らないの? 『(遊びほど)真剣にやれ、仕事じゃないんだぞ!』って言葉。わたしは完壁に100%全力でやりたいのっ! みんなにももっとやる気を出して欲しいわけ!」
タモリの名言なら、もっと良いのがある。僕がお気に入りなのはこれだ。
『やる気のある者は、去れ』。
こうして嫁とは3日間、冷戦が続いた。

嫁がウクレレを買ったのはまだ20代の頃。僕と出会う前の話だ。
彼女がかつて勤めていた会社のハワイ社員旅行で浮かれて、衝動買いしたらしい。
楽器の心得などまったくない素人が当時500ドルの大枚をはたいて買ったというのだから、ハワイとは人を狂わせる島だ。
猫に小判、豚に真珠、嫁に高級楽器。案の定、嫁はわずか3つしかないコードをものにすることなく、無用の長物と化したウクレレを抱え引っ越しを繰り返してきた。

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夫婦喧嘩から4日目の朝、そろそろ嫁と和解しようと、僕はとあるウクレレイベントのちらしをテーブルに置いた。ビギナーからベテランまで舞台に立つというウクレレ愛好家の会だ。
「ウクレレの無料体験ブースもあるんだって。タダで教えてくれるんだ〜」と言う僕のつぶやきに、嫁は背中で小さく反応した。

家に客人が来るたび「ウクレレ持ってるんだ。弾いてみて」と迫られ、聞こえないふりをしている嫁。いつの日かみんなの前で弾き語りをしたいと夢見ている嫁。しかし、頭の中でイメージしている「カッコいいウクレレ奏者」像だけがどんどん肥大化し、もう手も足も出ない状態。
ここでも完壁主義がじゃまをしている。嫁は、仕事も趣味も100か0しかない。真面目でひたむきなようだが、その融通のきかなさで人生をだいぶ損している。
もっと肩の力を抜いて、てきとうでいいんだってば、と。

そんな僕の心の声が聞こえたのか、嫁は言った。
「行こうかな……。ジーセブンのこつを教わりたい」
G7とは、ギターにもあるコードの一つ。これがウクレレの最初の難関らしい。
「たかだか弦を指で抑えるだけと思ったら大間違い。薬指と中指、人差し指を絡め合って(注*絡めません)瞬間移動させという曲芸」だそうだ。ハワイのウクレレショップで、初めて触った時には不思議と出来たというが、その後の独学では進歩するどころか挫折感にうちひしがれ、投げ出した。これも完壁主義者あるある、だ。

いずれにせよ、嫁と仲直りのきっかけをつかめてホッとした僕。うららかな秋の午後、横浜桜木町に降り立った。貝殻ビキニを着たセクシーなハワイアンズが腰をふりふりフラダンスをしながらお出迎えするのかしらとにやにや想像していた僕だが、イベントのおもむきは少々違った……。

開場と同時に暗転した客席。ステージにはエントリーした奏者たちが、順番にスポットライトのもとウクレレを手に立つ。グループ演奏もソロもある。常夏のスマイルを全面に打ち出すあのハワイアンムードではなく、手作り感溢れるいい意味で日本的な発表会だ。音響の準備に手間取ると、MCがさりげなく客席に語りかける。

「舞台には魔物が住んでいるといいます。良い魔物、悪い魔物がいますが、印象づけることができればどんなアクシデントでも良い魔物でしょう」地味かつ滋味溢れる発表会は穏やかに進んだ。

「この空気、懐かしい。そうだ、町内ののど自慢大会だ……!」と嫁。
僕も同じことを思っていた。出演者の自己紹介も、「スピーチとスカートは短いほうが良いと言いますから、さっそく始めたいと思います」と結婚式風の中高年ギャグに笑いが起こる。

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嫁の心は静かに揺さぶられているようだった。こんなアットホームな世界なら、わたしだってチャレンジ出来るかも……と。
そして思わず二人して半腰を上げたのは、エントリーナンバー「津軽海峡冬景色」。
「私は長年自衛隊で働いていましたが、定年とともにウクレレを始めました。津軽海峡冬景色、どうぞ聴いてください」と淡々と語るおじさん。
うえのはつのやこおれっしゃおりたア〜ときからあ♪ ボロロン〜。

なんて斬新なんだ。ウクレレで青森のしばれる厳冬を歌い上げる奇跡。
「いよお〜っ!」という掛け声と手拍子もわき起こる。
ウクレレが、まさかのメイドインジャパンになった世紀の瞬間。
津軽が常夏の島を今、軽々と越えた……。

<後編へ続く>





◆さくらいよしえ(ライター)
1973年大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。
月刊『散歩の達人』や「さくらいよしえのきょうもせんべろ」(スポーツニッポン)、「ニッポン、1000円紀行」(宅ふぁいる便)など連載多数。著書に『にんげんラブラブ交叉点』『愛される酔っ払いになるための99 の方法 読みキャベ』(交通新聞社)、『東京千円で酔える店』『東京せんべろ食堂』『東京千円で酔えるBAR』(メディアファクトリー)の他、絵本「ゆでたまごでんしゃ」(交通新聞社)、児童小説「りばーさいど ペヤングばばあ」(小学館)など児童向け書籍も執筆。

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