FEATURE嫁と僕のおけいこライフ」*後編 〜人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして2番目の夢〜

2018/11/22

<登場人物>
僕=静岡県出身の39歳。実家はお茶農家。広告編集プロダクションに勤務。好きな言葉は平穏無事。今一番欲しいのは可愛い柴犬。
嫁=大阪府出身の45歳。物書き。町歩きエッセイや児童小説を執筆中。結婚生活6年目。気さくな人間を装っているが、根っこは融通がきかない頑固者。

<前編のあらすじ>
嫁が10数年も前にハワイで買ったウクレレ。いまだにまったく弾くことができない名楽器を抱えて向かったのは、ウクレレ愛好家のための発表会。そこで僕らが目撃したのは、演歌ありJポップありの超絶フリーダムなウクレレワールドであった。

ウクレレ体験ブースは、イベント会場のロビーの一角にあった。
「どなたでもどうぞ〜」とスタッフの人が譜面を広げている。嫁はもじもじとマイウクレレを抱えながら、「かなり昔に買ったものなのですが、一曲も弾けません。よろしくおねがいします」と先生の横に並んだ。
「ぜんぜん大丈夫ですよ。おやおや、これは三大ブランドの一つ、とってもいいウクレレですよ。ソプラノ、という種類ですね」
「ソプラノ?」それさえも嫁は初耳のようだ。
譜面は、ウクレレの弦とネックを俯瞰したイラストだ。指で押さえる弦の場所を薬指の場合は「く」、人差し指の場合は「ひ」、中指は「な」と記してある超わかりやすい図解式。
1本の指で抑えるコードをまずは練習。続いて2本指のコード。そして3本指で抑えるコード「G7」を先生とともに繰り返す。
「先生、指が吊りそうですっ。わたしの指が短いせいでしょうか」
先生は優しく言う。
「いいえ、ウクレレは指が短いほうがいいんですよ。ほら僕もこんなです」
手のひらを会わせる師匠と弟子。まるで双子のように同じサイズである。
「僕もG7をマスターするのには3ヶ月かかりました。難しいのは、(コードが変わる時の)指の移動。そんな時は……気持ちをこめるんです」
気持ちをこめる、というのはつまり、そこだけ歌をスローテンポにして時間稼ぎをする術。
「……指がスタンバイできてから歌を続ければいいってことか」
「そうです。ウクレレはごまかし方が大切なのです」
「ごまかし、ですか」

嫁、衝撃を受けている。さらに、弦を鳴らす方の右手を激しくかきならすと、それっぽく聴こえるという裏テクニックを教わり、つっかかりながらも30分後にはロビーのミニステージに立っていた。
じゃかじゃかじゃーん♪ 初心者のための「ハッピーバースデートゥーユー」を弾き終わるとどこからともなく優しい拍手が起こった。

拍手をしながら歩み寄るテンガロンハットのお兄さん。
「ウクレレっていうと、みんなハワイアンって思うでしょ。でもその垣根を僕はなくしたい。楽器としてジャンルを越えたいんです」
イベントの発起人イマイさんは、この演歌ありJポップあり、老若男女がそれぞれのスタイル(張り切りマンもいればつぶやきシンガーまで粒ぞろい)で魅せるステージをプロデュースするお方。

ウクレレはもっとも手に入りやすい楽器の一つだと彼は言う。数千円のリーズナブルなものから、希少なビンテージものだとしてもせいぜい20万円くらい。なおかつ、ギターよりも簡単でコンパクトという長所がある。

「イマイさんはいつから楽器を? やはりモテたいという動機から音楽を始められて?」と嫁が前のめりでぶしつけな質問を投げかける。
「ギターは小学校4年の時に始めたの。住んでいたマンションの1階が楽器屋さんで、毎日ギターってきれいだなあと思って見てたら、ある日、店主が穴が開いてしまったギターをくれたんです。穴にスーパーカーのシールを貼って、独学で『さいたさいた』なんかを弾き始めたのがスタート。だからモテるためじゃなかったんだけど。結果は後からついてきたっていうか。てへへ」

「つまりモテたと?」
「うん。すごく。中学時代が全盛期。そこからずっと右肩下がりで今にいたりますがね」
あはは。そんなイマイさんがウクレレを始めたのは、今から10年前。
「37歳の時にバーを開いたんです。それまでギタリストの仕事をしていたから、きっとお客さんからギターを教えてくれって言われちゃう。でも店は狭いし困るなあと考えていた時、ウクレレって言葉が降りてきたの。さっそく開店3日前に、おもちゃ屋さんで買ったウクレレを店にスタンバイ。でも、最初の3年くらいは好きになれなかったねえ。ギターと比べるとちっとも面白くないんだもん。でも40歳くらいになるとウクレレの良さがわかってくるんだよね」
「わ、わたしもです」
嫁の顔を二度見する。ついさっき初めて一曲弾けたウルトラ初心者である。イマイさんの夢は、2020年のオリンピック&パラリンピックまでにウクレレ人口を増やし、ヤングからじいちゃんばあちゃん、車いすの人もステージでウクレレを演奏できるイベントを催すことだそう。
「でもね、ウクレレって一番じゃなくていいのよ。『…and ウクレレ』っていう今回のイベントのタイトルの意味は、あなたにとって一番大事なことがあって、ウクレレはその次でいいってこと」

勉強、そしてウクレレ。
仕事、そしてウクレレ。
家族、そしてウクレレ。
そんなポジションでいいんだ。
「ウクレレって自己主張しない楽器。だから音を聴くとホッとするんだよね。そんなウクレレをやる人は、丁寧に生きている人が多い。楽器の扱いも丁寧だからビンテージでもすんごく状態がいいんだよ」
なるほどナア〜。ごまかしの技で一曲マスターできた嫁にとって、これは価値観を変えるささやかな地殻変動だったのだ。
ごまかしだって、裏技だって、成功体験を知ると人は少し変わることができる

イメージ

イベントから数週間後、僕らが幹事をつとめる例の結婚パーティの日がやってきた。
嫁は、やる気を強制するゴリゴリ幹事改め、まずは自分が楽しもうという姿勢が見られた。大進歩である。
宴もたけなわ、という時。
「♪ゆあまいさんしゃいん〜おんりまいさんしゃいん ゆーめいくみーはっぴ〜」
嫁がウクレレを弾きながら現れた。
みんなが、お〜と手をたたく。
そして、「オレも弾く」「わたしにもやらせて」と次々とウクレレが回る。
フィナーレは、嫁が目指していた参加者一丸で盛り上げるの図、に仕上がっているではないか……。
全部が完壁じゃなくていい。全部が1番じゃなくていい。
なんなら全部が2番くらいでちょうどいい。
…and嫁と僕とウクレレ。
まだまだ僕らのライフは続くのだから。

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◆さくらいよしえ(ライター)
1973年大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。
月刊『散歩の達人』や「さくらいよしえのきょうもせんべろ」(スポーツニッポン)、「ニッポン、1000円紀行」(宅ふぁいる便)など連載多数。著書に『にんげんラブラブ交叉点』『愛される酔っ払いになるための99 の方法 読みキャベ』(交通新聞社)、『東京千円で酔える店』『東京せんべろ食堂』『東京千円で酔えるBAR』(メディアファクトリー)の他、絵本「ゆでたまごでんしゃ」(交通新聞社)、児童小説「りばーさいど ペヤングばばあ」(小学館)など児童向け書籍も執筆。

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