FEATURE「嫁と僕のおけいこライフ」〜人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして時々オカン〜<前編>

2019/01/10

<登場人物>
僕=マサル。静岡県出身の39歳。実家はお茶農家。広告編集プロダクションに勤務。好きな言葉は無憂無災(むゆうそくさい:波乱がなく平穏なこと)。今一番欲しいのは可愛い柴犬。
嫁=よしえ。大阪府出身の45歳。物書き。町歩きエッセイや児童小説を執筆中。結婚生活6年目。外面はいいが典型的な内弁慶。得意技は、ひとり相撲。

平和を愛する真面目サラリーマンの「僕」と、何かと波風を立てる「嫁」がさまざまななおけいこにチャレンジする物語。今月は裁縫が苦手な嫁が、高級感溢れるクラッチバッグを完成させた奇跡。

「こちらの生地は、通称『シャネルツイード』と言います。みなさんご存知の、あのシャネルで使われるスーツの生地にそっくりでしょ?」
「わあ〜。憧れのココ・シャネル様の世界だ……」と嫁。

ショートヘアが似合うパリっ子みたいな小柳先生は、年に一度フランスに渡り、現地で生地を30キログラムも買い付けて来ると言う。
机に並べられた生地は、男の僕でも手に取りたくなるモダンな柄ばかり。
光沢のあるビビッドカラーや、糸が複雑に織り込まれたものなど、浅草橋の問屋街では決して出会えない、お仏蘭西の香りが漂う。

今日僕らがやってきたのは、「クチュールバッグ」講座だ。クチュールの語源は、「オートクチュール(高級衣装店)」。
ホームページでちらりと講座案内を見た時は、てっきりファッション好きな女子のための手芸教室だろうと思った。

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しかし、「針も糸を一切使わない画期的なバッグづくりだって。そんなことが可能なのだろうか? ぜひ確認しにいかねばならない」と嫁が言い出し、どうやら工作のように鞄が作れると知ると、僕の心にも思いがけず火が着いた。
昔からプラモデルや小物入れなどの雑貨を作るのが大好き。手先の器用さは嫁の何十倍も自信がある僕だ。

講座には夫婦そろって手ぶらでやってきた。
机の上に準備されていたのはアイロン、ハサミ、カッター。そして布に挟みこむ芯地とフランス製のツイード生地。
「うむむ? これは何に使うんだろう」
嫁が両面テープとボンドを見てつぶやく。

「クチュールバッグは、最初から最後まで接着剤で作るんですよ」と小柳先生が微笑む。
おお、なんて画期的。とはいえ、部分的には針を使うだろうと思ったら、
「私は、針をゼ〜ッタイに使いたくないんです。針の穴に糸を通すの大キライ」と先生。
嫁の瞳がキラリを輝いた。小粋なパリっ子先生が自分と同じ針嫌いと知り、好感度はうなぎのぼりだ。

作り方はとってもシンプル。まずは、先生が用意してくれた芯地に生地を合わせカットする。次にバッグの裏地と表の生地を、両面テープやボンドで芯に貼り付ける。
ボンドの世界は超奥が深く、スティックタイプで簡単に布をくっつけられるものや、アイロンの熱を利用すると強度を発揮するものなど、僕が知っている昭和の木工用ボンドから、恐るべき進化を遂げていた。
バッグの蓋をしめる用のマグネットは、布にカッターで穴を開けて留め金を差し込みトンカチで叩く(これも楽しい)。

あとは、アイロン用ボンドが密着するまで待つだけ……。
なんて苦しみのない、楽しいばかりのおけいこなんだ! 

僕に才能があるのかもしれない。にやにや思っていると、
「わたしって、天才かもしれない」
嫁も出来上がったバッグを前に恍惚の表情を浮かべていた。
確かに、わずか1時間半で「これ作りました」と差し出したら、世間は天才職人と呼ぶだろう。
ぶきっちょなシロウトでもそんな夢が見られるのは、小柳先生による「1ミリ単位で緻密に計算した設計図(型紙)」にある。
先生はもともと大学で土木の勉強をしていたそうで、その理系脳と持って生まれたセンスを生かし、針を使わない鞄作りの新ジャンルを切り開いているのだった。

帰り道、へたくそなスキップをしながら嫁が言う。
「やっぱ設計図って大事だな! われわれも、未来のおうちの間取りを書いてみようよ。まずはイメージを固めるところから」
「うむ。それはいい案だ」
僕らにはかねてから、古民家を買ってDIYでリフォームするという夢があった。
休日にレジャー気分で不動産屋さんをまわるうち、つい先日、手頃な中古物件が見つかり僕らは浮き足立っていた。

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それから半月ほどたった日のことだった。
ウィーンウィーーーン。
取引先で名刺交換をし、打ち合せルームに入った瞬間、僕の内ポケットでスマホが震えた。これは不吉な電話だと直感した。しつこく唸りつづける音にクライアントの一人が、「どうぞ、お電話」と無表情に言う。
なぜ切っておかなかったのだ、僕のバカ。
廊下に出て発信者の名前を見て、ため息をついた。
「マサルくん、今仕事中なん? 忙しいとこ悪いねんけど、あの子電話に出えへんから。他でもない、あの件やけど」
電話の相手は予感的中、大阪在住の嫁のオカンからのバッドコールであった。

僕と嫁VS嫁のオカンの冷戦は1週間ほど前から始まっていた。
厳密には、嫁VSオカンの戦いに、僕が巻き込まれていると言った方が正しい。
僕らが家を買おうとしていると知った瞬間、西の敵陣オカンより横やりが入ったのだ。お怒りポイントは、「なぜ親に相談せず決めるのか」だ。

家庭とは組織である。ホウ・レン・ソウを欠くと幹部の機嫌を損ねることになる。
なんとか穏便におさめたい僕だが、売られたケンカはもれなく買うのが嫁という人間だ。
事態はこじれにこじれ、嫁は「勘当上等!」とたんかを切り、オカンは「縁切り寺やで!」とよくわからない感じで応戦、両者は問題の本質を見失いバトルに突入。
いつだってそうだ。
トラブルコレクターの嫁といると必ずこういう展開におちいるのだから……。

<後編へ続く>

◆さくらいよしえ(ライター)
1973年大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。
月刊『散歩の達人』や「さくらいよしえのきょうもせんべろ」(スポーツニッポン)、「ニッポン、1000円紀行」(宅ふぁいる便)など連載多数。著書に『にんげんラブラブ交叉点』『愛される酔っ払いになるための99 の方法 読みキャベ』(交通新聞社)、『東京千円で酔える店』『東京せんべろ食堂』『東京千円で酔えるBAR』(メディアファクトリー)の他、絵本「ゆでたまごでんしゃ」(交通新聞社)、児童小説「りばーさいど ペヤングばばあ」(小学館)など児童向け書籍も執筆。

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