FEATURE「嫁と僕のおけいこライフ」*後編 〜人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして男の友情〜

2019/04/23

<前回のあらすじ>
近ごろ、料理にハマっている「僕」。料理の腕を競い合うライバルは、会社の仲のいい同僚だ。新たなレパートリーを増やそうと参加したのは、フライパンで焼く米粉ブレッド講座。クイックブレッドで、ホームパーティを盛り上げることはできるか……。

僕=マサル。静岡県出身の39歳。実家はお茶農家。広告編集プロダクションに勤務。自称ハーブ男子。都内のスパイス専門店巡りや、かっぱ橋道具街を散策するのが趣味。
嫁=よしえ。大阪府出身の45歳。物書き。昼間は、児童小説や絵本を描き、夜は町歩きエッセイを執筆。得意料理はトンカツとハンバーグ。ソース作りは目下勉強中。

「生地は、成形によって食感は変わるんですよ。具材を包める12センチくらいに伸ばすのがベストです。もし大きく伸ばし過ぎてしまっても大丈夫、何度でもやり直せるのも米粉の長所ですから」

何度でもやり直せる。いいフレーズだ。子供の頃は、工作でも理科の実験でも失敗を失敗とも気づかず、自分なりに新しい試みを思い立っては面白がってやっていた。いつからか、しくじる前から無難なほうを選ぶ癖が出来ている。楽しむことより、失敗しないことが自分の中での「成功」になってしまった。

その点、同期の友は僕とは正反対。向こう見ずな仕事スタイルが持ち味だ。料理は上手いが、職場では「トライandエラー」部と言われている。しかし、そんな彼が近ごろ少し元気がない。結婚し2児のパパになってから変わった。猛烈に働くようになった。誰よりも早く出社し、複数の案件を掛け持ちし終電で帰る。突然、理想的な父親像に向かって走り出したのだ。そして、ついにキャパオーバーになり、でっかいミスをやらかした。それもチームの失敗を一人でかぶって。

そんなにストイックじゃなくていいのに。やつを見てるとそう思う。
僕のように「今日は、習い事なのでお先に失礼しまーす」と男だてらに女子力をアピールしてしまえば、世間は案外面白がって許してくれる。
講座には僕同様「自分だけの趣味時間」を求める男子との出会いがある。共犯者のように目と目であいさつを交わすのも楽しみの一つになっているのだ。

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「お〜上手ですねえ。インスタに上げてもいいですか」
僕同様、まだ三角巾がうまくかぶれない同世代の男性が、僕のフライパンを覗きながら言う。ラップでまるめた生地は、クッキングシートに乗せて火を通すだけ。ひっくり返す時の思い切りの良さがポイントだ。我ながら、チーズのパリパリ感が見事に決まっていた。
「皆さーん、こちらのフライパンを見てください。この焼き色がお手本ですよ」。先生の声に、僕はアカデミー賞をとったみたいな心持 ち。心の中で「よっしゃー!」と喝采した。
そしてお待ちかねの試食タイム。具を入れないで焼き上げたプレーンブレッドは、もっちりと生地がつまった和製スコーンのようなおもむきで、じつに食べごたえがある。さらにヨーグルトの甘酸っぱさが引き立っていて、肉料理との相性も良さそう。 そして、メインのパリパリチーズのカレーブレッドの美味しさは感動的だった。サクっとはじけるこんがりチーズ、そしてしっとりと水分を含んだ中の生地が、スパイシーカレーとまじわりまったく新しいカレーパンになっている。ディルやバジルなどハーブを散らせてもおしゃれだろう。
帰り道、僕はパンの写真をいそいそと料理のライバルでもある同期の友に送った。
「突然ですが、パン作り始めました。家族連れて、うちに遊びに来てよ。御馳走するからさ」
先生に誉められ有頂天になっていた。それと、あともう一つ。窮地に追い込まれている彼に、手をさしのべなかったことが心の奥で小さくうずいてもいた。余裕がなかったんだ。誰かの失敗は、明日の我が身だから。

同期入社はもっと大勢いたが、今はもう彼とふたりだけ。社内では、そつなく仕事をこなす僕が先に出世した。ボスから「これから君達は同期とはいえ、上役と部下の関係だ。敬語をつかうべし」という不条理なお達しがあったけど、彼は「お前さあ、例の案件の進行やばいよ。謝るのはいつも現場なわけ。わかってる? 締め切り守れよ、頼むからっ」と、きわめて良き同僚として正しく僕に接し続けていた。それが救いだったのだ。頼むから、会社辞めるとか言うなよな……。そんな祈るような気分で返信を待った。

それから間もなく、出張から帰ってきた嫁は、僕のパンデビューを知ると、早速ホットプレートを用意し、同期の友一家を迎える段取りを組み始めた。2家族合同の食事会だ。
「うっす……」
「いらっしゃい」
子供も抱えながら照れくさそうな顔で彼がやってきた。子供たちには、さっそく用意しておいた米粉パンの材料が入ったボウルを渡す。
「君たちには特製の粉をまぜる、重大なミッションがあります」
僕が言うと、ボウルの中を覗き込み、わくわくした顔で匂いをかいでいる。
その間、大人はホットプレートで肉や魚を調理。
「ちゃんちゃん焼きも、一応な」。読み通り友はご自慢の料理を持参。タッパーに仕込んだ食材で一気にテーブルが華やいだ。

子供たちは思い思いの形で生地をまるめている。料理はレシピ通りに作るのが成功への最短距離だ。でも、クイックブレッドは自由でいい。失敗しても何度でもやり直せる。
ホットプレートの一角に、子供たちによって「パンの陣地」が出来た。手をべたべたにしながら、色んな形になったパン生地が並ぶ。
「君たち、天才じゃないか!」と嫁。
僕らも一緒になって生地をまるめる。
「では、バーベキュー陣地より、パンの陣地へ共同制作のご提案です」と僕。

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『クイックブレッドに包むものは、何でもOK。昨日の残りのもの、たとえば豚の生姜焼なんか詰めても美味しいですよ』そう先生が教えてくれた。
「いえ〜い」「うお〜」と歓声が上がる。
色んな具が詰まったパンが出来上がった。ちゃんちゃん焼きを包んだのは、お焼き風のブレッドに早変わり。皆で競い合って手を伸ばす。僕と彼は、仕事の話をぜんぜんしなかった。そんなことより目の前のパンに忙しい。楽しい。

「何を作るかより誰と作るかだよなあ」。今日のホットプレートパーティは大成功というつもりで僕は言った。
「……良いこと言うな!」と同期の友は久々に張りのある声を出した。
「受け売りだけどね」。それも君の。昔、彼と僕が仕事でペアを組んでいた時、僕と彼自身を励ますように言っていた言葉だ。

ホットプレートには、焼肉やコーンなどさまざまな皆のアイデアを詰め込んだパンがどんどん並んだ。子供も大人も顔を見合わせながら香ばしいかおりに包まれて焼き上がるのを待つ。
最後の最後までムキになっていたのは、大の男ふたりだった。
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◆さくらいよしえ(ライター)
1973年大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。
月刊『散歩の達人』や「さくらいよしえのきょうもせんべろ」(スポーツニッポン)、「ニッポン、1000円紀行」(宅ふぁいる便)など連載多数。著書に『にんげんラブラブ交叉点』『愛される酔っ払いになるための99 の方法 読みキャベ』(交通新聞社)、『東京千円で酔える店』『東京せんべろ食堂』『東京千円で酔えるBAR』(メディアファクトリー)の他、絵本「ゆでたまごでんしゃ」(交通新聞社)、児童小説「りばーさいど ペヤングばばあ」(小学館)など児童向け書籍も執筆。

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