FEATURE「嫁と僕のおけいこライフ」*前編 〜人生に必要なものは、勇気と想像力。そして「浄化の儀式」〜

2018/11/05

<登場人物>
僕=静岡県出身の39歳。実家はお茶農家。広告編集プロダクションに勤務。今一番欲しいのは可愛い柴犬。
嫁=大阪府出身の45歳の物書き。町歩きコラムや児童小説を執筆中。結婚生活6年目。

好きな言葉は「平穏無事」という地味で真面目なサラリーマンの「僕」と、良くも悪くも猪突猛進な「嫁」が、さまざまなおけいこにチャレンジする物語。今回は、お肌に良い「ハーブ」を学びます。食べる以外のハーブは初体験の嫁が知ったそのふしぎな魔力とは。

嫁がある夜、「好きな言葉は思いやりです」「向上心です」「情熱です」……とうわ言のようにつぶやき始めた。かつて某クリニックのCMで流れたセリフだ。すでに放送は終わっているが、嫁の脳内に眠っていた何かが間違って覚せいしてしまった、そんな様子である。

ちょーコワイ……。

「顔の“お直し”をやる人ってどういう人たちなんだろうねえ。僕にはちょっとその気持ちがわかんないなア」とさりげなく牽制する僕。
「男って無邪気ね。知らないの? みぃーんなやってるんだよ」
「みんなって、誰」
「だからみぃーんなはみんなだよ。あの人のその人もあそこの人も……だよ」

嫁の情報源はほぼゴシップサイトだ。芸能人の誰それの顔がまた変わったという話だろう。
「違うよ。あなたも会ったことがあるAちゃんもBちゃんも、Cちゃんだってお直し済みよ。あなたのちょっときれいなイチゴ大福みたいなお姉さんもやってるかも。そのままできれいなアラフォー美人なんてこの世にいないんだよっ。がるるるぅ」

どうやら、またセレブで女子力ハイレベルな女王キャラの友達、オリヒメサマと何かあったらしい。バツイチながら社長令嬢で悠々自適なお嬢ライフを送っている彼女。嫁とは何もかも正反対のキャラだが、出逢いは学生時代と付き合いは長い。たいてい嫁のテンションがおかしいときはオリヒメが一枚噛んでいる。

<心と体に潤いチャージ。ハーブのある暮らし>

10代の頃から雑誌の読者モデルをやっていたというオリヒメは、完璧にお手入れされた、隙のないお顔だ。
「毎日、キレイ」。これは時間とお金と努力のたまものだとは思う。
そんな彼女から、嫁は先日言われたらしい。
「あなたは、ブスと美人のボーダーラインに無防備に立ってるの。美人になろう!という意識をもっと強く持って。さもないと、ブス勢力にぐいぐい引っ張られてしまうわ。あっちの引力は強大よ。こちら(美人側)へ来るの。今が頑張り時なのよ、しっかりするの」

「にっくきオリヒメめ……」と嫁は鼻の穴をふくらませているが、僕はオリヒメのなにげに真理をついた言葉に思わず吹き出してしまった。
案外、良いヤツなのかもしれない。
彼女が言う通り、嫁は気の毒なほど、ぽってりむくんだ“ブルドッグデー”と、比較的シュッとおさまった“きれいめデー”がある。それは本人もわかっているのだが、ブルドッグデーの割合が年々増えてきたことを嘆き、悶え、苦しんでいるのである。

そこで芽生える「お直し」願望。ちなみにオリヒメサマはオーガニックなエステ信者で、外科的施術には疑問を感じ、今のところ手を出してはおられないとか。

僕が思うに、いわゆるお直しには2種類ある。一つは、二重手術など、ゼロをプラスに変えること。二つ目は、むくみやたるみなどの経年変化によるマイナスをゼロに戻すこと。嫁の希望は後者だ。メインの敵はむくみとそれに誘発されて発生するたるみだ。
でも、シュッとしている日が月に一度でもあるということは、前向きに考えると希望のともしびは完全に消えてはいないということだ。

そんなわけで、悩める嫁を誘ったのはハーブのワークショップ。嫁はハーブにはまったくの素人だが、僕は静岡のお茶農家の息子。急須でていねいにお茶を煎れることの大切さ(心の余裕が生まれる)、一番茶の良い香り(リラックスする)、緑茶の持つカテキンパワー(風邪を引かない、整腸作用などなど)、そして茶柱が立った時に「お?」と皆で覗き込む家族ののどかな団らんの中で育った。もちろん、祖父母も曾祖父母も皆90歳を越えるまで生きた長寿家系だ。

そんなジャパニーズハーブに囲まれ生きてきた僕は自然の力を当たり前に信じている。嫁に足りないのはハーブのある暮らしだ。ブルドッグになるのは、恐らく体内に持ち前の邪気が充満し、巡りが悪くなっているのだろう。
「ふっ。ハーブで美女になれるですと? とんだ詭弁だな」
「美女になれるとは言ってません……で」と僕。

そんな嫁だが、いざ講座に参加すると、先生の言葉に熱心に耳を傾け始めた。渡辺先生は、スッピン美肌の美人さんだ。

「皆さんに知ってもらいたいことは、まず植物の中に宿る癒やしの力を体内に取り入れ、心と体のフィット感を取り戻すことです。今日は1カ月も咲き続ける生命力の強い花で、守護の力を持つと言われるカレンデュラ(キク科)の花びらを使ってハーブオイルを作りましょう」と先生。

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<心と体に潤いチャージ。ハーブのある暮らし>

カレンデュラはデトックス効果が高く、抗菌作用や解毒作用などもあるらしい。乾燥させた花が机の上にどさっと広げられると、酸っぱいような甘いような強い匂いがふわ〜っと教室中に漂った。ハーブと言えばポプリみたいな甘い匂いを想像しがちだけど、これは香りだけでもう何かに効きそうな強いフレーバーだ。警戒心の強い野良犬のように鼻を近づけくんくんと嗅ぐ嫁。

「それでは、花びらを自分でむしるところから始めましょう。今自分が作っているもの、材料に疑問を持つ。匂いを嗅いでみる。何でも自分でやってみること。それが大事です」と先生。受け身ではなく能動的にアプローチせよってことだな。つい僕らは新しいものに特別意識を持ってしまうけれど、相手は親しみ深いキクの一種だ。それをオイルに漬け込めば皮膚や粘膜をケアしてくれる“特効薬”になるなんて、ちょっと感動。

あっという間にカレンデュラのオイルボトルが完成した。これを遮光容器に移し替え、日当りのいいところに置いておけば1カ月で完成だ。絶対に枯れないと言われたサボテンでさえ、元気いっぱいのメダカさえ、あっさり息絶えさせた実績のある嫁だが、これなら死なす心配はない。

「しかしハズバンド、美への道のりはまったく見えてこないぞ……。作ったハーブオイルで一体何をしろというのだ」せっかちな嫁が小声で僕に耳打ちする。

「はーい、皆さん。それでは黒い袋に入っている石を取り出しましょう。次はハーブオイルをつかったセルフケアを教えます」と先生。あらかじめ配られていた小さな巾着袋を開けると、ほどよい重さのひんやりとした桜色の石が手のひらにすっぽりおさまった。


「天然石のローズクォーツです。カッサって、聞いたことはありますか」
「ある……。あるどころか100均で売っていたプラスチックのパッチモンを、現在愛用中だ」石を握りながら嫁が言う。
ああ、洗面台に転がっているあれか。嫁は、仕事仲間に「頭が堅いですね〜。もうすこし柔軟な発想でお願いしますよ〜」と指摘されたとかで、持ち前の石頭をほぐすべく力任せにぐりぐりしてる。根本的に色々間違っている気がするが、「カッサ」が登場したとたん、嫁のエンジンがかかった……。

<後編へ続く>


◆さくらいよしえ(ライター) 1973年大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。
月刊『散歩の達人』や「さくらいよしえのきょうもせんべろ」(スポーツニッポン)、「ニッポン、1000円紀行」(宅ふぁいる便)など連載多数。著書に『にんげんラブラブ交叉点』『愛される酔っ払いになるための99 の方法 読みキャベ』(交通新聞社)、『東京千円で酔える店』『東京せんべろ食堂』『東京千円で酔えるBAR』(メディアファクトリー)の他、絵本「ゆでたまごでんしゃ」(交通新聞社)、児童小説「りばーさいど ペヤングばばあ」(小学館)など児童向け書籍も執筆。

グッドエイジングハーブ&ライフアドバイザー講座

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