FEATURE「嫁と僕のおけいこライフ」*後編 〜人生に必要なものは、勇気と想像力。そして「浄化の儀式」〜

2018/11/07

<登場人物>
僕=静岡県出身の39歳。実家はお茶農家。広告編集プロダクションに勤務。今一番欲しいのは可愛い柴犬。
嫁=大阪府出身の45歳の物書き。町歩きコラムや児童小説を執筆中。結婚生活6年目。


<前回のあらすじ>
お顔の経年変化を憂い、いよいよ「お直し」願望を抱き始めた嫁。なんとかそれを阻止しようと連れ出したのがハーブワークショップ。ハーブオイル作りと天然石ローズクォーツのカッサでのフェイシャルケアの中で、嫁の琴線に触れたのはハーブの魔力「お清め」の儀式!?

「皆さん、隣の人の石と見比べてください」と先生。 よく見ると、みんな模様がそれぞれ違う。石のどこを切り出したかによって断面が変わってくるからだ。つまり、この世に同じカッサはふたつとない。
「それぞれ、今日あなたの手元に来る運命だった石ですよ」
そう言われるとなんだか愛着が湧いてくる。嫁は石を握ったりなでたりしている。
「100均のと形は同じだが、手触りも重みもまったく違うぞなっ。肌にやらかく吸い付いてくるようだ」

ケアのコツは、化粧水のあとにオイルをうすく顔に伸ばし、そっと肌をなでるようにカッサを内側から外側へすべらすこと。そうすることで血液中の老廃物を排出しむくみをとったりリフトアップ、小顔効果が期待出来るらしい。
「おお……そうだったのか。なんということだ。これまで力まかせにゴリゴリ顔をこすっていた。逆効果だったのだな」 そう言いながら、アゴやおでこに慎重にカッサをすべらせる嫁。僕も毛穴の黒ずみや肌荒れが気になるお年頃。すべすべとした石が心地よくメンズホームエステにもってこい。

<心と体に潤いチャージ。ハーブのある暮らし>

さらに先生は続ける。
「天然石は体の毒をすいこんでくれるんです。だから、汚いままではいけません。ちゃんとお手入れをしてあげましょう」
そこで登場したのが「ホワイトセージ」というハーブだ。ネイティブアメリカンの儀式でもつかわれるもので、場所や人、モノを浄化してくれるものらしい。

「ヤな人が来た……とか、今のカレシもういらない。ニューカレと巡り会いたい! そんな時にもこれを焚くといいですよ。自分だけの儀式、自分メンテですね」

ほほう。そいつはいい。揚げ足ばっかりとってくる面倒くさいセンパイとの机の境界線にホワイトセージを1本立てておこう。
「なるほど。儀式、か……」嫁がセージを見つめながら小さく声を上げた。
「ついにオリヒメサマとの関係を浄化するのかい? 確かに腐れ縁だもんねー」
 すると思いがけず、嫁はキッと僕を睨んだ。
「オリヒメとわたしに浄化は必要ない。浄化の儀式が必要なのは、オリヒメサマ単体だ……。彼女はまだ過去の愛にとらわれている」。
女同士ってやつは、わけがわからない。敵対しているようで、結託している。とくに男子、女心を傷つけた男に対しては、見事な一枚岩で向かってくる。

講座も終わりの時刻が近づき、先生のまとめのお話が始まった。
「オイルに漬けた花は1カ月たったらきれいに濾して捨ててください。それはもう死骸と同じですから。あとカッサをもし割ってしまってもショックを受けたりしないで。割れるということは役割を終えた、ということです。また新しい石との出逢いがあると考えましょう」
嫁はハッと顔を上げるとノートにペンを走らせた。何かが琴線に触れたらしい。
「最後に、今日は新月です。願い事を書いて満月に向かっていくと叶いやすいと言われています。皆さん、願いをノートに書いてみてくださいね」

僕は、さっそく『宝くじが当たりますように。性格のいい新人が入ってきますように。嫁がもっと僕に優しくなりますように。お小遣いアップ!』と書いた。

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<心と体に潤いチャージ。ハーブのある暮らし>

家に帰る道すがら嫁はオリヒメとの遠い思い出を語り出した。大学時代、キャンパスには嫁に一途な思いを寄せる奇特な男子が約1名いたらしい。
「毎日あちこちで待ち伏せされてな……」
柄にもなくまさかのモテ自慢。
あまりのしつこさにだんだん恐怖を感じ始めたという嫁を見かねたオリヒメは、男を呼び出し、「今後彼女にアプローチするなら、私を窓口になさい」と圧力をかけ、以来、相手は嫁の前に姿を見せなくなったという話。
「あの時、オリヒメはわたしのスーパーマンだった……」
えーっと。なんかイイ話風に聞かされているけれど、狂気的な女二人の勘違いなのでは?何しろ女というのは思い込みの動物だ。
「だから」
「だから……?」
「今度はわたしが彼女を助ける番よ」
狂気的女の友情ドラマのセカンドシーズンは、オリヒメがじつはまだ心の片隅で未練を残しているという元夫に向かっているようだった。

「問題はオリヒメの胸の中に残っている執着心。それをホワイトセージで浄化するの」
「ああ……なるほどね」
「だってオリヒメはいまだに新婚時代に買ったバカラのグラスを大事にしているのよ」
まさか。
「『もう役目は終わったの。新しいバカラと出会えますように』って」
「わわわ割るの?」
「バカラってね、割れる時すごく美しい音がするんだって。ふふふ」

夜。嫁はハーブオイル作りで余ったカレンデュラの葉っぱの部分を湯舟に浮かべた。鼻歌を歌いながらバスタイムを満喫すると、湯上がりにはカッサでフェイシャルケア。顔色が大変よろしい。
ハーブの効果、そして大切な友の過去を清めるという情熱に燃えているせい……かしら。
「好きな言葉は思いやりでーす。クスクス」
僕は新月の願い事、急ぎ追加した。
『どうかバカラを弁償なんてことになりませんように! アーメン』


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◆さくらいよしえ(ライター)
1973年大阪府生まれ。日本大学芸術学部卒。
月刊『散歩の達人』や「さくらいよしえのきょうもせんべろ」(スポーツニッポン)、「ニッポン、1000円紀行」(宅ふぁいる便)など連載多数。著書に『にんげんラブラブ交叉点』『愛される酔っ払いになるための99 の方法 読みキャベ』(交通新聞社)、『東京千円で酔える店』『東京せんべろ食堂』『東京千円で酔えるBAR』(メディアファクトリー)の他、絵本「ゆでたまごでんしゃ」(交通新聞社)、児童小説「りばーさいど ペヤングばばあ」(小学館)など児童向け書籍も執筆

グッドエイジングハーブ&ライフアドバイザー講座

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